丹 沢 通 信  No.31  2001. 9.26.
鍋割山から初冠雪の冨士
初冠雪の冨士
山頂付近の拡大、登山道が見える

3連休ですから遠くに出かけたかったのですが、いろいろ都合があって9/23の1日だけ丹沢です。久しぶりの鍋割山です。

6:48 渋沢始発のバスで大倉へ。7:07大倉(7:07)−二俣(8:18-44)−後沢乗越(9:38)−鍋割山(11:06-11:12)−小丸(?-?)−金冷シ(12:46)−大倉(15:12)

服装ですが、前日寒かったこと、朝の出発が早かったのでやや厚手のポリエステルの丸首シャツに薄手のフリースです。フリースはバスから降りるとき脱ぎました。歩き出して直ぐにシャツのチャックを開いて丸首シャツから開襟シャツに変え、更に腕まくりです。夏と違って暑さ対策と寒さ対策の両方の準備が要りますね。

渋沢からのバスはギューギュー詰めに近い程度の満員でした。これは大倉からの帰りも同様でした。ハイカーが好天に誘われて増えたのですね。

二俣で朝食です。朝食中に10組前後のパーテーが行きました。若い人が多かったのは心強いことです。聞こえてくる会話では初めて鍋割山に来る人も少なくなく、秋の登山シーズンの到来と共に新規登山者の増加と思われます。

後沢乗越の手前で若い3人の男女が登山道の整備にかかっていました。聞きましたら全くのボランテアでなさっておられます。お礼を申し上げて別れましたが、ありがたいことです。

鍋割山手前の尾根から初冠雪の冨士が見えました。視界が非常に良く素晴らしい景観です。くねくねと曲がった登山道も雪線の下は白く、雪線の上は黒くはっきりと見えます(バックナンバーに写真を掲載しています)。裾野も遙か遠くまで見え、多分御殿場市の一部でしょうか、大きな町が見えました。その左手は箱根の山塊で一カ所から白煙が上っていますのは大湧谷と人に教えられました。

海岸線を辿れば真鶴半島とその先の伊豆半島、初島、そして正面には大島が浮かんで見えます。更に左には江ノ島、そしてその先の三浦半島まで。内陸では秦野の町が鮮やかに見えます。何時もですと視界が良くてもうっすらと靄がかかっているのですが、当日は「透明な空気」を実感しました。この透明な空気は午後も続きました。

鍋割山山頂では昼前でしたが名物の鍋焼きうどんが大繁盛でした。8月にフランス・アルプスに行きましたことは前号でもちょっと触れましたが山小屋では昼食だけでなく、ケーキが名物になっているところもありました。日本でも昼食やお菓子が名物の山小屋が多くなれば登山の楽しみも増えますが。

鍋割山から金冷シへの尾根道では鹿の食害防止柵が所々で見られますが、柵内と柵外では明らかに下草の生え方が違います。小丸の手前の視界のよいところで昼食休憩をゆっくりとりました。
花立尾根のナナカマド、
左前方は蛭ケ岳

紅葉にはまだまだですが、花立の上の尾根ではナナカマドが赤くなっており、唯一の秋の色でした。

大倉尾根は大勢の人です。子供連れが目立ちました。その子供達が道行く人達に、林間で草を食む鹿を教えてくれました。

次は読者からのお便りです。
西村さんという方からのお便りによりますと、8/26日、丹沢山付近でタマゴタケをびっくりする程たくさん採られたそうです。

タマゴタケって? 私は知らなかったので図書館で調べましたら紅色で一見毒茸かと思います。そして美味とあります。山菜やキノコは毎年同じ場所に生えますので場所は秘密で結構ですが、どの方面に何があるよ、程度の情報をお待ちしております。勿論紅葉や花の便りも。

9/8に蛭ケ岳山荘が行った旧山荘残骸や埋められた空き缶類の清掃作業について前回のニュースでお知らせしました。その続報です。
蛭ケ岳山荘が参加者に送った礼状と、同封された9/20の読売新聞のコピーによりますと、
9/19に約10人が参加して回収した残骸などを梱包し、ヘリで神ノ川ヒュッテ前に降ろしました。当日は天候が悪く運び終えるのに7時間半かかったとありました。

9/8のボランテア約70人の宿泊・食事代、今回のヘリのチャーター代など、たいへんな費用を山荘は負担されたことと思います。

--------------------------------------------- tanzawa report ----------
配信登録と解除は右のシステム(発行部数)で   まぐまぐ(719)  Melma!(82)
発行:不定期  発行者:塚本 宏  バックナンバーは  ご意見・ご連絡は
------------ 丹 沢 通 信 -----------------------------------------------