丹 沢 通 信  No.22  2001. 4.13.
春の寄から栗ノ木洞を経て冬木立の鍋割山へ
ヤブレガサ 半開きですから「破れ傘」ですがやがて葉が水平に開きます

4/7(土)に寄(やどりぎ)から櫟山、栗ノ木洞、そして後沢乗越を経て鍋割山に夫婦で登りました。天候は晴れ、山麓は春、尾根道のアセビは真っ白な花が満開でした。しかし山頂はまだ冬木立です。
この道は12年前、逆コースで下ったことがあります。中山峠付近で道に迷い、尋ねようにも人に会えず、秋の夕暮れが迫る杉林の中を蜘蛛の巣を払いながら追い立てられるように足早に歩き、やっと札場のバス停にたどり着いたのでした。

先ず今回の行程記録です。
新松田(6:53=バス \510.)−寄(7:16)−(朝食16分)−櫟山(9:12)−栗ノ木洞(9:32)−後沢乗越(9:58)−(休憩14分)−鍋割山(11:19-50)−小丸(12:12)−二俣分岐(12:20)−二俣(14:00)−大倉バス停(15:18)

新松田からのバスの乗客はたった3人でした。途中の乗客もありません。湯ノ沢団地を越えると山腹の道となります。木々の薄緑の新芽の中に桜や山吹が咲いています。終点の寄から1停留場引き返し宇津茂(うづも)のバス停からバス道を離れて山を目指します。

このあたりには道路標識も登山道の案内もなく、農道が舗装されていたりして全く分かりにくいところです。人に会ったのはたった2組、子供連れの婦人と道脇高所の民家の老人だけです。道を尋ねるとお二人とも親切に教えて下さいました。

私達は教えられたとおり歩き、宇津茂、土佐原を通って山道にたどり着きました。この間、舗装道路から間道、そして舗装道路を横切ったり、また合流したりでかなり迷ったように思いました。山道に入る直前に、畑中の二つの細い道を指して「宇津茂→」と「土佐原→」の標識が狭い角度で並んでいるのを見つけました。宇津茂から直接来る道があったということです。下で婦人が「バス停から来たの? 近道があったのに」と言われたことを思い出します。
寄の長閑な茶畑と桜

近道ではなかったのですが、地名から少なくとも昭文社の地図の道にほぼ従って歩いたように思います。遠回りしたのですが、うすもやの立ちこめる沢沿いの道や、桜・桃の咲く長閑な朝の山村の風景を楽めたのですから、これはこれで良かったのでしょう。
朝食も、茶畑と桜と、その先に細長く寄の盆地が見下せる景色のよいところでゆっくりしました。

舗装道路は水道タンク(と思われる)の脇を通ると土の道となり、そして細くなって畑の縁を通り、直ぐに林に入る山道となります。間もなく防鹿柵の錆びた扉をくぐりますと径10cm余と大型の「ヤブレガサ」を1本見つけました。(写真:表題右下)

杉林の道を進み、防鹿柵の扉を更に2度くぐったところが緩やかな尾根で、私達が歩いてきた方向に「宇津茂→」の標識がありました。その南に送電線の鉄塔が見らます。地図を見て目的の登山道に達したことを確認しました。
この地点から南へ中山峠への道が地図では点線で書かれています。12年前の地図では赤い実線だったと記憶しています(当時は山の初心者でしたから点線の道は怖くて歩かなかった)。

ここからは間違いようもない尾根の登山道で一安心です。一度舗装された林道を横切りますが、林道から階段を登って山道に入ります。この階段の柱にマジックで「鍋割山→」と手書きで書かれていました。土佐原でバス道から間道に入るところの電柱に同じように手書きで書かれていましたが、登山道の案内は栗ノ木洞までは、この二つだけでした。

尾根道の西側斜面の木々の間にもやがうすく立ちこめ、それが薄紫に見えます。木々は芽吹き薄緑、薄茜、薄黄の複雑な模様を描いております。また尾根から木の枝越に冨士も見えました。

林が疎らになり枯れたススキが多くなりますと道が幾通りにもに読めてやや迷います。これを越えると広い草原に出ます。周囲のススキも広く刈り取られ、防水漕もあります。遊歩道標識に書かれた標高と、手許の高度計を照合して櫟山と判断しました。遊歩道の標識は場所を示す地名はなく、ただ番号だけで分かりにくいのです。この遊歩道標識は栗ノ木洞でも見かけましたが地名のないことは同じでした。

櫟山からは東南に視野が開け、秦野の市街と平野が望見できました。ここから再び林間の道を辿ります。
栗ノ木洞は林の中でなだらかな山頂です。ここから急な下りとなり、更に小さなピークを3つ(数え方によっては5つ)越えてもう一度下ると後沢乗越の手前の鞍部に着きます。ここまでは防鹿柵に沿った下り道です。また途中、8分咲きの桜の太い幹が根本まで裂け、一半が道に倒れながら新芽を出しており、痛々しい姿でした。
アブラチャン(油瀝青)

後沢乗越の合流点は鞍部のちょっと上になります。ここで休んでいる男性一人と会いました。土佐原からここまで人と全く会わなかったのは12年前と同じです。

後沢乗越から鍋割山までの道はおなじみの道ですから簡単に書きます。櫟山の前では見られた冨士は雲の中で見えません。アセビが丁度見頃でした。
鍋割山山頂では予想外に人が少なく10人ほどでした。風が冷たく木々に新芽は見られません。まだまだ冬の装いです。私達が食事を終える頃、5人のグループが外のベンチで鍋焼きウドンを前に、NHKの取材を受けていました。山荘の草野さんも後ろに並んで一緒にカメラに収まっていました。

鍋割山から金冷シまでの尾根道は好きな道の一つです。葉がないので遠くまで見通せますが、木々は冬木立、黒々とした幹に淡緑黄灰色の地衣類がへばりついているだけです。小丸の南側には倒木が多く、斜めに倒れかけた枯木はやや荒涼とした雰囲気があります。

途中で行き交った人に「鍋割山は人が多かったですか?」と聞かれ10人ほどと答えると、「塔ノ岳も人が少なく、皆さん花見かな」と言われ別れました。
後で気がついたのですが、人が少なかったのは天気予報のせいだと思います。7日はずっ前から雨の予報で、前日の夕方になって急に晴れに変わったのですから。(私達もあわてて準備をしました)
二俣の直上のツツジ二俣林道の桜

二俣分岐からの下りはアセビはきれいに咲いていました。二俣に降りるまでに数組の人と出会いました。今日の登山者数を考えるとこの道を利用される人は結構多いようです。二俣のすぐ手前で、見事な紫の花をつけている つつじ を沢に面した斜面に見つけました。
二俣から大倉までの道は春の風景です。桜が丁度見頃、スミレの花は紫に群れて、マムシグサもにょっきりと現れていました。ダンコウバイに似ていますが花が小ぶりのアブラチャンがあちこちにさいています。

寄から後沢乗越までの道は静かな歩きやすい道で荒れていません。おすすめしたい道です。ただバス道から登山道までが分かりにくいかも知れません。

今月22日(日)は秦野丹沢の山開きです。

お詫び:No.21の行程記録で 大倉バス停(4:15)とありますのは (7:15)の誤りです。失礼しました。

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