丹 沢 通 信  見本誌  2000. 4. 2.
大倉尾根にダンコウバイの花
ダンコウバイ

冬休み中の山行を春になりましので再開!
4/2日に塔ノ岳を往復しました。渋沢の始発バスで大倉へ。まだ本格的なシーズンではないためかバスの乗客は20人余と空いています。勿論山も空いていて歩きやすかったことは言うまでもありません。

行程は
大倉バス停(7:00)−大倉高原山の家 ここで朝食(7:51-8:06)−堀山ノ家(9:05)−金冷し(10:01)−塔ノ岳(10:20)
休憩時間を除けば3時間05分ですから昭文社発行の地図に記載されているコースタイムにほぼ一致しました。長い冬眠(?)で体は鈍く、呼吸は苦しかったのですが、足は勝手に前に進みました。

登り道の観音茶屋を過ぎると左右の分岐点になります。左道は直ぐ尾根に出て高原山の家を経て右からの道と合流します。高原山の家の方の道を久しぶりに通りましたら小屋はペンキを塗り替えてちょっときれいになっていました。家の前の流しには蛇口から飲料水が豊富に流れております。¥20.の協力金を払って名水(?)をいただきました。
山では水だけでなく、トイレなども有料化されておりますが、これは施設者の負担を減らす、或いはより良い環境に整備して頂くために結構なことだと思います。

登山道は割合よく整備されております。階段が多くなって歩きにくくなっておりますが、しかたがないと思います。私たち登山者は、山道を歩くことによって道から草が消え、草のないところの土が雨水で流出し、道が深く抉られ、更に雨水が集中するという、意図せざる山道の破壊者なのですから。これを整備して下さる行政の担当者にも機会があればいろいろと聞いてみたいと思っております。
珍しく雲一つない富士

尾根に出ますと富士山が左手に見えました。今日はやや霞んでおりますが、珍しく雲一つなく、上半分は白い三角錐台、下は青黒い裾をゆっくりと引いた優雅な姿が見られました。
金冷しからの道は霜柱が溶けて泥んこの道です。中腹では2−3cmの霜柱もここらでは5cm程の高さになります。(1週間後の登山では霜柱はありませんでした)

塔ノ岳の山頂も角材と石を積んで整備されております。
登頂中は風がほとんど感じられなかったのですが、山頂では冷たい風がやや強く、じっとしていると寒くなります。

やや霞んでおりますが西方遠くには山頂が白い南アルプスの甲斐駒、北岳、間ノ岳、塩見、などの一連の山々が見えました。雪が溶けると同じ色の山肌になりますから遠くの山の識別が難しくなります。今は丁度分かりやすい時期のようです。(1週間後登ったときは薄雲が湧き出て、冨士も南アルプスも見えませんでした)

山頂には狗留尊仏如来(くるそんぶつにょらい)の小さな祠があります。昨年10月10日に登ったときに、祠の周りに半楕円形に石を積んで低い垣を造っていました。山北町の東光院が建立したものです。院に聞きますと、以前は日の出山荘近くにお堂があったのです。それが昭和32年の竜巻で崩壊し、その後だいぶ経ってから現在の石祠を造ったそうです。昔は参拝の講が盛んで5月のお祭りでは賑やかだったそうです。

山頂は寒かったのと時刻が早かったのでポットに入れたコーヒーとバナナで軽く腹ごしらえを済ませました。

山頂近くの木々はまだ黒い冬木立です。下の山腹を見れば雑木の梢が僅かに茜色を帯びて全体がぼうっと染まっており、所々に黄色の笹むらが見えます。

花立山荘の下の尾根に植えられたアセビがたった1本咲き始めていました。中腹では桜が2−3本咲いています。多分マメザクラと思います。
ダンコウバイ

花の少ない尾根道で、黄色い房状の花の塊を枝にたくさん付けた木が見られました。葉が未だ出ていませんので黄色の花房を枯れ枝に付けたようで目立ちます。登り道ではあまり気づきませんが、下り道では気を付けて眺めると結構沢山ありました。写真を撮って後で図鑑で調べますとダンコウバイ(檀香梅)と思われます。クロモジの親類です。同じ親類のシロモジとも似ておりますが、図鑑によっては掲載されていませんし、写真も図鑑ごとにやや違いますので名前の同定にはいつも迷います。

下り道の途中で昼食、後はゆっくりとダンコウバイの花を撮影したりして降りました。途中大倉高原山の家の前と通過しましたが、10人ほどの熟年の団体が昼食を兼ねて休んでおりました。ここは秦野市を中心とした相模平野を一望できますので軽いハイキングに適当です。

13:43に大倉バス停に着き帰りました。無事下山を祝して缶ビールで乾杯! これが美味いんです。
  足慣らしの山行でしたが、展望に恵まれ、花にも恵まれ、結構な一日でした。