碓井関所跡とSL    2012. 7.16.

信越線横川駅を通過するとき時間がありましたので碓井関所跡を見てきました。
横川駅から旧中山道(現在は県道)を西に10分ほど歩いた所に関所跡の案内標識があります。 右写真の道から石段を登った所に門が見えます。これは復元された東門で、関所内の番所跡です。
以下は掲示されている案内とボランテアさんの説明です。

中山道の松井田宿と坂本宿の間にあった関所で、江戸時代、箱根関所とともに最も重要な関所とされた。 関所の東西に門があり東門は安中藩、西門は幕府が管轄していた。 明治2年全国の関所が廃止されるとき、門は焼却処分の命令がったが関所に務める同心の一人が東門の門扉、 柱などを隣村に密かに隠したという。これを使って1959年(昭和34年)に復元されている。左写真は 内部から片扉を撮影。
右上写真の門を入った奥に地元で建てた碓氷関史料館がある。膨大な文書資料が残されているが資料館は狭く 手形などの一部を展示してある。関所手形と四ヶ所の関所を通れる通行手形もあった。
この中に和宮様御下向時、坂本宿の宿割帖もある。この御下向にが京都から三千人が随行し、江戸から お迎えが六千人で一時一万人近くがここに集まった。坂本宿は人工の宿場町で50軒の旅籠を擁する大きな 宿場町ではあるが旅籠に泊まれるのは上級の公家や武士で、下級の随行者は野宿を重ねて来たという。
なお東海道でも宿場の旅籠は普通は15−20軒で、50軒の坂本宿ははかなり大きい。


当日は資料館の閉館日でしたが、たまたま横川駅にSLが来るのでボランテアによって開館されるという 幸運に恵まれました。
横川駅で帰還するSLを撮りましたが、久しぶりに聞く汽笛の大きさにびっくりしました。SLらしく黒煙を少し 出しながら後退して行きます。
実は最後尾にジーゼル車が連結しており、帰路はジーゼル車に曳かれて運転されるそうです。
大量に溜まったゴミを運んでいる方と話しましたら、SLが来る日はゴミが多いし煙草の吸い殻も落ちているが、 それだけ人が集まったので、ありがたいと思っているとのことでした。店の方の話でもSLの効果はかなり 大きいようです。
(碓井関所跡とSL 終わり)  
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