ツール・ド・モンブラン

 2004. 8.20.-30.

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針峰、氷河、そして花々

 一昨年のドロミテ、その前のフランス・アルプスに続く山行です。前と同じツェルマットのクラブ・ドゥ・ バカンス・モンターニュ(以下cvm)の主催で案内人は柿沼さんです。
    クラブ・ドゥ・バカンス・モンターニュ:http://www.cvm-alps.ch
 地図にはツール・ドゥ・モンブランと書かれたハイキングコースがあります。その通り歩けば10泊程度の 旅程ですが景色の良くないところなどは平行して走るバスなどを使い、いわば良いとこ取りの モンブラン一周です。
 蛇足ですが、アルプスでは一般の人が歩ける山はハイキングです。日本で例えれば北岳縦走も ハイキングです。以下日程を追って紹介しましょう。

前日 シャモニー 雨のち晴れ、一時雨

 成田からの私達夫婦ともう一組の夫婦はスイスのチューヒッヒ空港に降り、CVMに迎えられて車でシャモニー のホテルに行きます。福岡からの女性5人は別便でチューリッヒへに着き、ほかに現地で参加する女性1名、一部 参加の男性1名の合計11名がツアー参加者です。

上はホテルから見える景色です。左から薄暮の教会、右上の半月も帰るころは満月になっていました。右2枚は早朝 のモンブラン山塊、中央の白い山の奥にモンブラン、この写真の中央下がシャモニーの町に一番ちかいボソン氷河。


 到着日の翌日は土曜日午前中に開かれる市を見物後昼前からアレの村まで足慣らしの散歩です。

シャモニーは南北を山脈に挟まれた谷間です。左は南側のモンブランに連なる針峰群、中央は北側 の赤い針峰と言われる山々。右は北側山腹の有名なレストランですが1時間あるかなければなりません


 村に来る途中に国立山岳学校があります。ガイドの養成校です。高い建物が寄宿舎。右は第一回の冬季オリンピック が行われたゲレンデです。規模、傾斜はまさに隔世の感ですね。

第1日 ポンノム小屋まで 晴れ

登山口のノートル・ダム・ドゥ・ラ・コルジュの教会
谷間の奧、残雪のガレ場で休憩、ここから峠に急登
 いよいよ山行です。天候は晴れ。車でシャモニーから南西に約1時間、丘陵を大きく迂回してモンブラン山群の 西麓のコンタミヌ村を過ぎて登山口駐車場に行きます。

左場面の休憩時、甲殻類の化石を思わせる岩が半分水に浸かっている

ここから平坦な道を進むと教会があり、ここから登り道になります。
 樹林帯を越えると草原の道になり、パルム小屋の脇を通過。開けた草原に出て、丘に登って昼食、更に谷間の ガレ場が狭くなって雪渓が残っているところで休憩。ここで甲殻類の化石と思われる沢の岩を見つけました。 ここから山腹の急登になり一気にボンノム峠にでます。峠は風が強く小休止後左の斜面をトラバースして岩道を歩き もう一つの峠(クロワ・デュ・ボンノム)に達すると眼下にボンノムの小屋が見えます。
 森林限界を超えた草原や両峠の岩場は高山植物が豊富で花がいっぱいです。
 小屋ではシャワーを浴びることが出来、夕食まではビールを飲んで残雪を頂く山稜や暮れゆく草原を楽しみます。 マーモットの鳴き声は聞こえるのですが、今回の山行では一度も姿を見かけませでした。その代わり稜線の下で 十余頭のブクタンの群を見ることが出来ました。夕暮れの遠景ですが写真には撮れました。今度で3回目のアルプス ですがブクタンを見たのははじめてです。
 夕食のメニューを紹介しましょう。2種類のパン、スープ、メインが牛肉のシチューとマッシュポテト、 デザートにチーズ2種、そしてチョコレートケーキです。
ボンノム峠から振り返ってジュバ湖、昼食時の草原からも見えた 小屋が見えた峠 ボンノム小屋の朝、ロバ隊の出発
>上:ボンノム小屋の石壁に掛けられた看板 2445mと書かれている

左:ブクタンの群

 ここまでに出会った花をまとめて掲載します。花の名は現地で教えて頂いた名です。
アストラゴン なでしこ菊
バイエルンリンドウキフジンノクツ

第2日 エリザベート小屋まで 晴れのち曇り、小雨

 朝の出立で団体がざわついている。前日私達より遅れて来たロバ隊だ。大きなロバ1頭に荷物を乗せ、団体の人達も 結構大きなザックを負っている。この隊とは今日一日後になり先になりながらほぼ行動を共にした。
左の白い山がモンブラン右の三角がマッターホルン
 馬かと思われるほど大きいロバで14の袋、合計150kgの荷を背負い、ロバ使いが手綱を持つ。この地ではロバを 使うハイキングを宣伝しているという。
 私達も出発、昨日越えた峠まで戻り岩屑の尾根道を登ってフール峠に着く。ここから寄り道でもう少し高い 尾根の先端のフールフールの北の頭2756mまで歩くと視界が開ける。モンブランも見え、遠くかすかにマッターホルンも見 えます。
左:稜線鞍部の先を越えて下ってきた。白い岩肌の滝が続く。
上:なだらかな山腹を下る
 今日の行程は峠から谷間に下り、また登って仏・伊の国境尾根を越え、また下ってエリザベート小屋まで歩きます。 峠からの下りは岩屑の急坂や水の流れる道が続いたあと、緩やかな山腹の下りになります。谷間に降りたところに 小さなチーズ工場があります。ここから緩やかな車道をモッテ小屋まで歩きます。
 空き腹にトマト、オムレツ、胡桃のチーズケーキの昼食です。トマトサラダは美味しくて記憶に残ります。 隣の卓ではワインを美味しそうに飲んでいましたが、こちらは急登を控え、ぐっと我慢です。1時間後に出発です。
 話は脱線しますが、下中央の写真をご覧下さい。左端の白人女性は半ズボン、ノースリブです。右の我が同胞 と比較して下さい。このあと、山道で手袋までしている我が女性軍の姿を見て「寒いのか」と聞かれました。「日焼け 防止」と答えると半分納得したようです。前にニュージーランドの時も感じましたが白人は我々より暑がりやでしかも 肌が強いと思います。
谷間の道、前方にグラシェ氷河とグラシェ山 昼食をとったモンテ小屋 セイニュ峠から、白い三角の山がグランドジョナス
 モッテ小屋からは山腹をじぐざぐと登ります。ロバ隊のロバ(とロバ方)に追い越されました。荷を背負っても ロバは早いですね。急登のあとは緩やかな登りが長々と続きますが日が陰り風が強く肌寒くなります。
 セイニュ峠は強い風で寒さに震えました。石を積み上げた大きな標識があります。後続を待って早々に下ります。 途中から小雨が降り出しました。薄暗くなってエリザベート小屋に着きました。小屋は登山道からそれて山腹 の高いところにあります。シャワーを浴びてビールを飲んで食事待ちです。食事は2シフトで私達は8時からの遅 い組でゆっくりできます。夕食は野菜のスープ、ポークソテーとポテトスマッシュ、桃1個。小屋は清潔です。
 ここまでの花を掲載します。
氷河キンポウゲ

牛ノ目ン玉

ミミナグサベンケイソウ バイケイソウ

第3日 クールマイユールへ 雨・・・

 夜、目がされる度に窓外を見ますがガズで何も見えません。朝6時頃雷鳴です。明るくなってガスが多少薄く なったのですが雨です。雨具を着けて小屋を出ます。小屋から下ると平坦な広い道になります。
Miage湖からの戻り、高台から池と湿原を望む、山裾の道を歩いてきた。
右側には山の裾、 左側は池を交えたコンバルの湿原が広がるようですが雨で残念ながら遠くまで見えません。湿原の端は細長い 池で区切られているようです。 その少し手前から右側の山腹を登り、モンブランと対峙するような連山の裾から 中腹にかけてトラバースしシュクルイ峠に向かうのがコースです。視界が悪く何も見えないということで ガイドの柿沼さんが経路を変更し路線バスでクールマイールに行くことを決めました。
 となると、時間の余裕がありますから氷河の湖Miageを見ることになりました。池の北側の急斜面を登ると 湖に出ます。岸には氷塊が多数浮かんでいます。凹地に氷河の一部が掛かって湖になったのです。対岸は氷河の はずですが雨とガスで殆ど見えません。一度ですが氷河が崩れ水に落ち込んだような大きな音を聞きま したがすべてガスの中です。
 
左下の人達はわがグループ、その上の黒いのは樹木、この写真の中央部を拡大したのが右の写真→ 撮った写真を画像処理でコントラストを強調した画像です。氷河の断崖がなんとか見えます
 氷河湖から戻り広い車道をあるいて終点のバス停に向かいます。雨の中、ただただひたすらにあるきます。 道はほぼ一面に絶え間なく水が流れ、流れの少ないところを選びながらあるきます。最後に橋を渡ったところに レストランがあり、その前の広場がバス停です。約30分でクールマイユールのバスターミナルに着きました。
 クールマイユールはシャモニに通じるモンブラントンネルのイタリア側の入口であり、明日登るロープウェーを 乗り継げばシャモニに下ることも出来ます。またここはローマ時代の建造物が残っている旧い町です。
 着いた時は、雨は殆ど上がっていました。泊まるホテルがバスターミナルの近くです。ホテルに荷を置き、 昼食と旧市街の見物に出かけました。


第4日 クールマイユールの休日 快晴

 ロープウェーでヘルブロナーの展望台に行きます。ロープウェーは2度の乗換(乗換の度に車体が小さくなる)で 標高3462mの展望台です。快晴なのでここからの眺めは実に素晴らしい。周囲の山々の名を教えてもらいましたが 適当に写真を掲載します。展望台は10cm程の雪が積もっていましたが日差しが暖かく風がないので快適でした。
左端の雪煙が上がっている
丸い山がモンブラン
恐竜の角と呼ばれる峰

遠くシャモニ側のアギュレ・デ・ミデ

更に遠くマッターホルン 周囲の山には登山者がたくさんいる。矢印の下に2人
 山の景観を充分楽しんだあと、ロープウェーを下り、フェレの谷間の左岸山腹を歩いて広い草原へ、ここは グランドジョナスの真下。大勢の人が来て休息しています。で賑わっていました。
駐車場からゲランド・ジョナスを望む

針峰と氷河、山麓には 教会、草原では日光浴をする人、しない人

レストランの2階軒につるされたパン

林間の小さなホテル、常連客がおおく予約は難しいとか
 ここのレストランで昼食を取りましたが、伝統的な光景を見ました。上の写真の吊されたパンです。 柿沼さんの説明によれば山地ではパンを一度に焼き、写真のように吊して保存します。乾いて固くなった パンは削るように削ぎスープなどにいれて食べるそうです。今でも広く行われているのか否かは知りません。
 もう一つ、このレストランのパンを吊した位置から直角の壁には日時計があります(下写真参照)。 日時計についてはフランス・アルプスの項で書きましたが、今回の行程でも散見されました。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~tsuka/hiro/2001821/2001821.html
フェレの谷の散歩道

中央雲の下の雪が舞っているところが モンブラン

レストランの2階の日時計


第5日 エレナ小屋へ 雨と強風

 ツール・ドゥ・モンブランの再開です。昨日の快晴とは一変して曇り空、バスで昨日歩いたフェレの谷の 奧まで行きます。途中で雨が降ってきましので車中で雨具を着けます。終点は何もない草原で潅木が生えて いるだけ。雨の中でバスを待っていた男性二人が私達と代わって乗り込みました。
入口のほぼ正面に受付、その右にバーのカンウンター、 その右奧に卓と椅子の休憩場、休憩場はあちこちに設けられている 食堂、宿泊客全員が一度に座れる

 ここから歩き出します。少し離れた一軒の家を過ぎ、疎らな林を抜けるとなにもありません。強くなった 向かい風と雨の中を進むだけです。道が緩やかな登りになりますと雨にみぞれが混じるようになります。 この調子ですと目指すフェレ峠は雪、取り敢えず途中のエレナ小屋で様子を確かめましょう、ということで 小屋に入りました。数人のハイカーが休んでいました。

ホテルかと見紛う(?)

 私達が片隅のテーブルに集まって休んでいる間に柿沼さんが集めた情報によれば峠は10cm程の積雪ではあるが 越すのは問題ないとのこと。でも強風と雪で視界も悪く何も見えない、楽しいハイキングにならないという ことで、多少の曲折はありましたが予定を変更してこの小屋で一泊、延びた日程は予備日を充てることにしました。
 そう決まると気楽、飲み物をワインにして持参したサンドウィッチで昼食。
 休んでいるハイカーの一組はトランプをしていました。午後の長い時間をもてあましていた私達から見れば 周到な用意です。山では天候の激変により半日、一日を小屋に閉じこめられることも覚悟しなければなりません。 過去にも似たような経験をしていますが。
 ベットルームに案内されましたが、幾つかの大部屋があります。私達は窓のある部屋です。写真のように カーテンのある窓の両側に気の香も新しい木製の2段ベッド、ベッドには小さな棚や多数のフックがあり、 雨具や荷物が掛けられるようになっています。窓の下には共用の小さな卓、そして所々には共用の卓や棚が 設けられています。
 冷たい風雨に悩まされましたが、予定を変更することによって一転してまことに快適な小屋泊まりになりました。
第6日 グランフェレ峠越え 快晴

 強い風は収まりませんが快晴です。着込んで出発です。小屋の裏山をジグザグと登ります。途中から昨日降 った雪が地面の半分を覆っています。ここで自転車の男性二人組に行き交いました。このツール・ドゥ・モン ブランでは自転車で走る人が多かったのです。道は瓦礫の凸凹道ですから下りで転倒しないかと気を揉みますが。
エレナ小屋の裏側、低い小屋は旧い建物、強風・雨下でも幕営者はいる  氷河の名前をわすれました 自転車の2人、背景はフェレの谷、ここを歩いて来た。

左:
大勢の人が見える稜線が峠、右の黄色のもはUT支援の小屋

右:
国境の石柱
厚手のシャツ、手袋、ほっかむりは防寒対策
 グランド・フェレ峠、2537m、そして国境です。イタリアからスイスになります。国境と言っても小さな石柱が 1本あるだけ。近くにヘリで運ばれた小屋がありますがツール・ドゥ・モンブランを走るウルトラ・トライアル の準備、支援用と思われます。
>雪山を前に休憩した草原遙か下の斜面を行く羊の列
右:休憩場の池で逆さ・・・
 峠を越えますと風も収まり暖かく、そして暑くなります。草原で休憩、ここで高地の牧場から羊の群が列を なして移動するのが望遠されました。
更に下り標高2071mのPeule小屋で昼食休憩、ここでは山羊が人慣れし、椅子に掛けている人の膝を乗り越えて テーブルの食べ物に首を延ばします。
 花の多い斜面を下ると谷間にでます。ここでタクシーを待ちますが遅いので村まで好天の下をぶらぶら歩き ます。村のレストランで冷たい飲み物などを注文しますが、ここはスイス・フラン、ユーロも使えますがちょっと 戸惑います。村から道路工事の連絡バスを乗り継いで予定したタクシーでトリアンの村に行きます。
 村で一軒の宿はマットを敷いた大部屋が主ですが、ツインの部屋もあります。時間制で小さな食品店も併営、 ここでビールを買い、翌日用の菓子類も買いました。チョコレートを塗ったポン煎餅がありました。スイスで ポン菓子とは。
谷間に下ったところ、流れと疎林の草原村に向かってぶらぶら歩き、 前方はルツール氷河とルツール山

泊まったトリアンの宿

 ウルトラトライアルの小解説

道に沿って数多く立ている標識、紛らわしいところでは 通路を間違えないように、UTはウルトラ・トライアル

このウルトラ・トライアルはシャモニーをを出発、全長155km、標高差8100mを走り抜けシャモニーに到達 する過酷な山岳競争です。翌日我々がシャモニーに到着後、夕方シャモニーのゴールに入るトップランナーを みました。手にストック、腰にペットボトルとごく小さなザックだけで元気に走っていました。前日の夕方8時 出発ですから24時間かかっていないことになります。このレースの為にコースの標識などいろいろ準備されて いました。


第7日 バルムの峠からシャモニーへ 快晴

 いよいよツール・ドゥ・モンブランの最後の日です。トリアンは谷間の村で日が射すのが遅く、出発したときは 早朝のような感じで人も殆ど見かけず静かでした。でもハイカーは行き来が多いのです。
トリアンの村ともお別れ
バルム峠の小屋
峠からロープウェー乗り場へ、右下の谷間がシャモニー
 山道に入ると樹林帯でやや急な道、森林限界を超えると緩やかな道、その後痩せた草原をジグザグ登ると 峠の小屋が見えます。
 小屋前のベンチに座ってのんびりと昼食。白人から急に日本語で話しかけられ驚くと、彼は日本でヘッドハン ターをしていたという。ここで別行動をしてきた福岡組の2人と合流、少し下ってリフトとロープウェーで下山 しました。
 サクラマンテマ
 ここへロバ隊が下ってきたのです。歓声と拍手で迎えました。彼らとはやや離れて歩きましたが同じ道を歩き、 同じ小屋で寝食を共にしてきた仲間です。ゴールで感激の再会です。私達も一緒になって写真に収まりました。
 右上は花の写真の最後です。
(ツール・ド・モンブラン 終わり)