アルプス2002(スイス・イタリア)−4
2002.8.20-30. △top page
クリスタロ山と鉄の道、そしてサン・アントン(完)

10.クリスタロ山と鉄の道

最終回です。コルチナの3日目は前夜の雨が残って曇り。クリスタロ山はホテルから見える山です。今日はこの山を中心にハイキングです。
歩いてロープウェー駅に向かう途中で大きな駐車場に市がたっていました。週に1,2回らしいのです。ここで数人の登山姿の日本人と会いました。個人的な山行でバスで移動しているとのことでした。なかなかやりますね。
クリスタロ山の向かい合わせの山にロープウェーで一旦登り緩やかな下りの道を楽しみます。花が多い道ですがこれは省略します。

降りたところがクリスタロ山のリフト乗り場です。リフトから更にロープウェで山に登ります。 このロープウェーが写真左のように二人乗りの鳥籠のような狭い乗り物です。ガスの中、谷間を登るのですが、 下の谷間を歩いて登る人がいました。ガレ場で登りにくいと思いますが。
着いたところは峰の鞍部で、鞍部の向こう側は第一次大戦の残骸が残っておりました。 山岳戦ですが両軍共山に慣れない兵隊を、しかも山砲を担いで移動させるのですから鉄梯子、鉄柵、鉄索を敷設します。 右写真では見にくいのですが梯子、鉄柱、鉄索などの残骸が残っているのです。ポルドイ峠でも大戦の名残が見られましたが、ここでは現物です。兵が身を隠した洞穴もあります。

小説「武器よ さらば」も山越の砲撃戦が描かれています。 帰ってから調べたらもっと南方の平野に近いところでした。

この鉄の構築物を一部利用し、更に敷設延長したのが「鉄の道」と言われるハイキング道です。梯子、鉄索が張られ、ハイカーはこの鉄のロープに二つのカラビナを交互に掛けて歩きます。私たちが鞍部で説明を聞いているときに、鉄の道を歩いた人が梯子から降りてきました。写真右ですが、梯子に立って、カラビナを鉄索から外しています。
寒いしガスで何も見えないので下ろうとしましたらロープウェーは昼休みで停止です。
仕方がないので鞍部から少し登ったところの小屋(写真左)で昼食、この小屋は外観より広くて2階建て、トイレ(例によって有料)も水洗です。しばらくすると数人のグループが来ました。鉄の道を縦走するのです。小屋の外でハーネスを装着しておりました。私たちが食後のコーヒーを飲んでいると霧雨の中、岩に取り付く姿が窓から見えました(写真右)。カラビナの操作さえ間違えなければ足を滑らしても命に別状はないので今度一度やって見たいですね。

鳥籠ロープウェーで降りる時、下方に鹿の群を見つけました(写真右はその一頭)。岩だらけの場所で鹿も厳しいですね。
ロープウェーで降りてから樹林帯の中を下ると疎林の平坦な場所につきます。ここは放牧場で牛がたくさんいました。私たちは歩いてから少したつと牛が一斉に歩き出しました(写真左)。群の外れの牛は私の後ろを歩いていたのですが、私が花の写真を撮っているときはじっと待っています。おとなしい動物ですね。そうやって撮った写真です。
放牧地から山道に入り下りますと集落の近くに牧草地があります。クロッカスが一面に咲いていました。
クロッカスは春の花ですが牧草地では草を刈ると球根がありますのでもう一度咲くそうです。コルチナの町も近いものですから全員花の中でのんびりしました。
更にくだりますと村落の近くに手入れの悪い野菜畑がありました。こちらで野菜畑を見るのは珍しいのです。
歩いてコルチナの街に戻りました。


11.サン・アントン

翌日は移動日です。車で国境を越えオーストリアに入ります。山ばっかりあるいていますとインスブルックは都会ですね。
旧市街近くの公園の中のレストランで昼食です。寒くなく暑くなく、たいへんよい気候です。 樹木に囲まれた庭で柿沼さんのメニュー解説に従って各自の好みを注文します。
食後は旧市街で1時間の自由観光です。モーツアルトの泊まった宿が今もホテルとして営業していました。 この頁は観光のページではないのでこれ以外は省略します。

今日の泊まりはスキー場としては有名なサン・アントンです。静かで落ち着いた町です。町の中心部は自動車禁止です。 町を歩いていたら自転車に乗った若い日本人に呼び止められました。姉妹都市提携をしている野沢温泉村から 派遣されているとのこと、日本語の観光パンフレットとバッチを皆さんにと渡されました。 10月まで滞在すると言っていましたから、間もなく帰国するのでしょう。

右の写真は雨上がりの翌朝です。右の写真は町の外側でバイパスになっているのでしょうか車が時々通ります。 左の写真は街の中心部です。若い男の人が手押し車を押して口笛を吹きながら道具を使ってゴミを拾っていました。 「モーニング!」「モーニング!」
早朝なので人通りはほとんどありませんし、開いている店はパン屋さんだけです。道路に面する家から箒を持って ご主人らしい人が下りてきました。「モーニング!」「モーニング!」。

朝ホテルから団体客がオランダのバスで出発しました。私たちはスイスに再入国、チュウリッヒを午後出発、 成田に朝到着で今回の旅程は無事終了しました。

今度の旅行で気のついたことを二つ述べます。それは木材と石材です。
旅行中に大きな製材所を2,3見ました。山中で50年くらいの木を伐採していることや製材所が内陸ですから 輸入材ではないと思います。木の生えている所は山の傾斜地ですから伐採条件は日本とあまり変わらないと思います。
全く違うのは住民が木材を多用していることです。ホテルのベランダの柵は木材、庭の垣は木材、ベンチは木材 というように細い木材が身近でたくさん使われているのです。産地で消費する理想的な形です。 日本でしたらプラスチックか金属にほとんど置き換わっています。それだけ細い木材の用途が少なくなっている、 これが間伐材の需要を狭めて、山を荒廃させる一因ではないかと思います。

石の話ですが鉄道の鉄橋の柱、民家の壁など構築物に石が多く使われています。元々石造建築の伝統がありますが、 橋脚などは30cmくらいの石を多用し石と石の広い間をコンクリートで埋めた形です。(専門家ではないので工法は分かりません)。これは再構築するとき、石材は回収して再利用できるわけです。従って廃棄物が少ないでしょう。
都会の歩道は10cmくらいの角石を敷いています。道路を直すときはこの角石は再利用できるわけです。 私たちの身近な歩道ではアスファルトになっていますが、補修する時はアスファルトは全部廃棄物になってしまいます。ちょっと考えさせられました。
 長々とお読み頂きありがとうございました。