アルプス2002(スイス・イタリア)−3
2002.8.20-30. △top page
ドライ・チンネ
9.ドライ・チンネ

ポルドイ峠からコルチナに到着した時は夕暮れまで間がありました。昔冬季オリンピックが開かれたところで割合大きな町です。この日はこの地方の何かのお祭りで大勢の人が出歩いています。民族衣装を着た人も少なくないのです。写真右は道路に設えた舞台で演奏するブラスバンドで、他にも3組ほどそれぞれ別の場所で演奏していたそうです。私共二人はレストランのテラスの隅の空いた卓に腰掛けビールを注文し、民族衣装の人の姿を眺めておりました。
祭りで大勢の人出、このレストランのテラスも満席で給仕が忙しそうにしていました。私たちの卓と丁度反対側の卓に日本人が男女3人いました。女性が何か注文するのでしょうか給仕を追いかけているのです。慌ただしい同胞を見てしまいました。

車でコルチナから山の中にあるリゾート地のミズリナ湖(写真右)を通過します。更に登って最終点が標高2320mで山小屋と広い駐車場があります。観光バスも何台か見え日本人の団体もいました。ここからは小一時間ほど登って峠まで来ると三つの山を斜め横からま見ることが出来ます(写真左)。ドライ・チンネとはドイツ語で三つの尖塔状岩峰ですが名の通りですね。峠までは上りの道ですがハイカーでない人も結構登っていました。残念ながら日本人ツアーは見あたりません。

私たちはこの山の左手から来て、右手の方向に歩いてドライ・チンネ小屋を経て、山の裏側を大きく迂回して一週し駐車場に戻る行程です。
小屋に行く道は3本あります。上級者用の岩稜の道、安全な谷間の平坦で広い道、私たちが歩いた山腹の細い道です。大勢の人なので小屋の手前の崖の上で弁当を食べました(写真下左)。天気がよかったので出発前にスーパーでパン、チーズ、ハム、トマトなど買ってきたのす。

小屋について小休止。小屋の壁には標高標高2450m、小屋の名前がロカテリ、そしてドライ・チンネ・ヒュッテと併記してあります。小屋からロライ・チンネを正面に見て谷間を下りながら迂回した道を歩きます。チンネのすぐ下を巡る道もあり歩いている人も何人かは遠く見られました。写真右はチンネの裏側を斜めかた撮ったものです。風化・崩壊した砂礫がチンネの裾を流れており、しかもチンネは直立しております。

チンネの端まで来ましたら道も右側は放牧地でした。標高の高い処ですが放牧するため、草が生えるように地表の岩や石を取り除いたそうです。駐車場前近くで撮影した牛はカデニ山を背景に悠然として、そして厳然として立っていました。(写真右)
駐車場まで戻るとひんやりした夕方の空気でした。往路を戻ってホテルへ。写真左下は駐車場近くの崖っぷちで見つけたエーデルワースです。

ここでホテルとホテルの食事について。欧州のホテルは日本人の好むツインベッドが少ないので、日本人が泊まるホテルが限られるようです。私たちが泊まったホテルにも2組の日本人ツアーが泊まっていました。コルチナのメイン道路を歩いていますと、大きなホテルの玄関の上に3本の大きな旗が掲げられていますが、星条旗、ユニオン・ジャックと日章旗が並んでいます。このホテルも日本人向きなのかも知れません。

ホテルの食事は毎日変わりますが前菜からデザートまで二三種から選びます。恰幅のよい給仕からイタリア語のメニューの説明を聞き、これがお勧めなどと言われて選択するのも食事の楽しみです。もちろん結果として選択の失敗もありますが。そしてフルコースでは食べきれないので一品を省きます。

私たちと同泊したツアーの卓をそれとなく見ますと選択ではなく全員同じです。下請けの現地旅行社の手配でコストの関係かも知れませんが食事の一つの楽しみである選択が失われています。と考えると、日本料理には選択はないですね。

  以下次号に続きます。