フランス・アルプス

 2001.8.21-31.

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氷河と針峰の連なり


1.モンブランの眺望ハイキング

フランス・アルプスの一部を歩いてきました。 アルプスは東のオーストリアからスイス、イタリアの国境沿いに連なり、フランスに入って最高峰のモンブラン山群から イタリア国境に沿って南下しヴァノアーズ山群、エクラン山群から海岸アルプスを経て地中海に達します。 今回行きましたのはヴァノアーズ山群、エクラン(ゼクラン)山群で、何れもフランス国立公園となっております。 なおモンブラン山群はあまりに人手が入りすぎて国立公園には指定されていません。

今回のツアーはスイス・ツエルマットで営業している小さな日本人旅行社CVMが企画し、 国内のA旅行社が募集したのです。今年1月のニュージーランドでお世話になった柿沼さんが、 今回のツアーではガイド、車の運転手、通訳の3役を勤めて下さいました。 柿沼さんについては次にご紹介しております。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~tsuka/tanzawa/vol-2/019.html
  CVMについては末尾にご紹介します。
ツアー参加者は私達夫婦とA夫妻のたった4人、贅沢なツアーになりました。
第1日は成田ならフランクフルト経由でチューリッヒに夕方着で1泊。翌日は車で移動です。 途中シャモニー見学の予定でしたが私達の希望を容れてモンブラン山群を見るハイキングに変更しました。

シャモニーはかって氷河が作った東北から南西に延びる谷間にあり、高い山脈に挟まれています。 モンブランは南西側にありますが、モンブランを見るには反対側の山から眺めるのが良いのです。 森林限界を越えた山腹にハイキング道が作られており、終始モンブラン山群を眺めながら約2時間の散歩です。 右上の写真はシャモニーの町とモンブラン山群、左の写真は散歩道です。ヤナギランがきれいにさいており、 そのほか高山植物がたくさん咲いていました。


2.ヴァノアーズ山群

ヴァノアーズ山群に抱かれたプラロニアンは小さな町で冬のスキーと夏の登山の基地です。アルプスはホテルや レストランは花を飾りますが、左の写真は普通の民家です。石造りの古い農家を買って手入れして住むのが フランスではたいへんな贅沢だそうです。この家の外壁も補修され、扉が新しくなっておりますので「贅沢」 の範疇でしょうか。
山にはゴンドラで700m程上がると、標高2023mと森林限界を越えます。ここから山腹の道を辿って谷間におります。 谷間の道は昔の商人がロバで通った道で、その名残か写真右のように道の両側が石積みになっている部分がありました。

写真の右に尖った山が見えますが、これがヴァノアーズ針峰で鱶の背鰭のような形をしております。 時々急坂はありますが大体は緩やかな登りです。右写真の中央部の谷間の先に左下のような池があります。 浅い池で平らな石を並べて橋にしてあります。この池は案内書によく出てきますので掲げておきました。
ここで昼食です。朝ホテルからゴンドラの駅まで歩きますが途中のパン屋さんでパンを、 小さなスーパーでハム、チーズ、トマト、ネクタリンなど各自の好みで買いまして将にピクニックです。 この池の右側はヴァノアーズ針峰の垂直に近い横壁で2組のロッククライマーが見られました。

ヴァノアーズ針峰を左から廻ったところにヴァノアーズ小屋がります。石造りの頑丈な3階建て、2,3階が寝室です。 他にプレハブの小屋が2棟あり、1棟が食堂兼売店、1棟が冬の避難小屋を兼ねた自炊小屋です。 2,3階は中央廊下の両側が寝室、廊下の突き当たりがトイレと洗面所。寝室の広さは20畳ほどで部屋の片側に 上下2段にマット、シーツ、布団が敷かれています。マットの幅は約1m、厚さは10cm程。広さは充分です。 枕が長いのは次の小屋でも同じでした。部屋割りは翌日の出発時刻に合わせています。 出発時刻に合わせて食事時間も4時頃から始まって2,3回に分けています。

小屋の前は幅1km、長さ2,3kmの広い草原です。マーモットが多数生息しています。特に小屋の周囲に多いのは 鷹などの天敵が近づかないためでしょうか。
食堂には13,4人が座れる大きなテーブルが並び、席はグループで指定されています。 スープ、メイン、パン、飲み物(コーヒー、その他)、デザートで別の小屋でも同じでしたので質は別として フランスの標準的夕食と思われます。今日のメインはポークチョップに茹でた隠元とマカロニ添えでした。 飲み物はコーヒーの他にココア、紅茶が希望できます。ガラス製の丼のようなカップでした。 勿論缶ビール、グラスワインは注文出来ます。

9時に消灯です。部屋には窓があります。閉めて寝たのですがいつの間にか開いていました。 白人は暑がりであると前に書きましたが、次の小屋でも同じで彼らは私達に断って窓を開けて寝ます。
朝は飲み物とパンだけのコンチネンタル風です。

帰途はヴァノアーズ針峰を一回りするように迂回し多少急な所も通り谷間の広い往路に合流します。 この広い道の途中に小屋兼レストランがあり、昼食を食べて帰りました。ジャガイモのグラタンが美味しかった。 勿論ビールも。

3.エクラン山群

ヴァノアーズ山群のプラロニアンからエクラン山群のバロウイス村までは車で峠を越え、一旦イタリアに出て高速道路からフランスへという道です。途中の峠では自転車に乗った人が沢山いました。自転車はフランス人にとって重要なレジャーなのです。

一つの峠を下ったところにボネバという村があります。この村は屋根を平たい石で葺いているのです。石壁、石屋根の民家の玄関、横、裏を縫うように昔ながらの曲がりくねった細い路地が通じております。道を辿ればすぐ村はずれに出てしまう小さな村です。左写真のように村のどこからでも山が迫って見えます。家の造りで面白いのは庇の下に棚を造ってあることで、そこに薪を積んでありました。

昼食を小さなレストランで食べたのですが、表のテラスが満席で半地下みたいな薄暗い屋内の部屋に入りました。奥のトイレを借りましたが、がたいへん清潔で厨房もきれいでした。
この地方は晴天が年間300日以上ということで、日時計でも有名です。観光客が結構多く、路地から路地を歩いています。村人は村人で、自分たちの生活に忙しく男二人が乾燥した牧草の束を自動車から納屋に入れていたり、裏道に紐を吊って洗濯物を干していました。

バロウイス村は一転してトタン屋根の家です。屋根裏への階段は外について、農産物の貯蔵庫だったそうです。左写真は早朝撮影したのでややぼけていますが屋根の形は殆ど同じです。屋根裏の床が壁からせり出しており、柵が設けられています。この屋根裏を住居として改造しているところも2軒ほど見られました。
右写真は日時計です。日時計というと、地表などの平面を想像しますが、この地方では壁に垂直に作られています。

いよいよエクランに登ります。ホテルから車で1時間程登りますとヒマラヤ杉の疎林の平地に出ます。ここにマダム・カレル小屋と閉まっているセザンヌ小屋、それと小さな山岳資料館があります。林を抜け山麓からジグザグの道を登り山腹の上辺近くから横に行きます。左写真はジグザグの道の大きな岩蔭に住むマーモットで登山者からパンを貰っています。

道は緩やかなヴァノアーズと違ってかなり急なところもあります。登るにつれて周囲は尖った山と氷河になります。後ろ側に「黒い氷河」と言われる文字通り表面が黒く汚れた氷河が見られます。
山腹に建つグラシェブラン小屋に2時過ぎに着きました。写真左は小屋の横の谷間で氷河が斜めに流れるところです。白いところは氷河に降った雪、その右上のうす茶色部分が氷河です。まだら模様でしかも無数のクレバスが走っています。

 小屋は右写真のように石造りの3階建て、1階が食堂と調理場、トイレ、自炊場、2階が4つの寝室で2段の寝床、屋根裏の3階は広い部屋で通路を挟んで両側に2段の寝床です。小屋の前は広い岩のテラスでビールを飲みながら遠近の山や氷河を眺めたり、餌を求めて飛んでくるカケスと遊んだりで夕方までの優雅な時間を過ごしました。小屋の食事のメインは羊でいい味でした。
写真左は翌朝の朝日に染まる針峰群です。

翌朝、荷物を小屋に置いて氷河の全貌が見える所まで登ります。岩を伝い、雪上を歩きます。右写真の右上の白いところが氷河の始まりで右に緩やかに流れ、左方に曲がって流れます。そして写真下部で左斜めに落ちるように流れます。ここの氷河が黒かったりうす茶色だったりで、どうも白い氷河のイメージからは遠いのですが、下から引っ張られ、上から押されて出きる亀裂や崩壊部分の姿を見ますとズッ、ズーと今にも動きそうな景観でした。

4.ラ・メイジュとギロス氷河

エクラン山群の名峰がラ・メイジュです。その直下にラ・グラーブ村があります。付近を散策する予定でしたが、 氷河を歩くことに変更してもらいました。柿沼さんが慌ててプロのガイドを雇い、 運道具店からハーネス、アイゼンを賃借りしました。
駅でガイドと落ち合いゴンドラで登ると一面の銀世界です。広い氷河をガイドの案内で歩きます。 ガイドはさすがプロで私達は数分歩いたら歩き方の指導です。斜面を歩くときはそれなりの歩き方を教えます。 またガイドは落石に終始注意しています。斜面では頭大の石が落ちてきましたがガイドが大声で注意しました。 私達も余裕を持って避けることだ出来、私とその前を歩いている人の間を転がって行きました。

私は歩くことに一生懸命で写真が少ないのですが、左の写真は大きなクレバスの端から中を覗いたところです。 バームクーヘンのように年毎の積雪で何層にもなっている氷河の垂直断面が見られます。
氷河は2-300mの厚さでクレバスに雪塊を落とすと暫くしてパチャと音が聞こえます。下は水がながれているのです。

駅に戻ってから駅前のベンチで聞きましたら、フランスのガイド学校はシャモニーにあり、6年間で卒業、 2カ国語が話せ、スキーと登山の両方をマスターしなければなりません。学校を卒業出来るのは6割、 4割は自分の限界を悟って途中退学するそうです。
このガイドにとっては今回の氷河歩きは簡単な仕事でしょうが、サービスに徹底するというか、 お客を楽しませることに徹底しております。ナイスガイという言葉がぴったりのよいガイドでした。

楽しかったフランス・アルプスも最後です。ラ・グラーブの村の後背地に写真左のような池があります。 車で途中まで登ってハイキングです。最後の宿泊地は旧い町アネシーです。 写真右は湖に通じる運河に沿った旧市街の夕方です。ツアーの最初からここまで晴天が続きましたが、 この町の海鮮レストランの庭で食事中、最後に雷雨になり屋内に逃げ込みました。

5.付録

1.CVM(Club de Vacance Montagne=山のバカンスクラブ)はお仕着せでなく、客のニューズに合ったツアー、 客が喜ぶツアーを立案、実施しております。数人まとまれば、希望のツアーを計画してもらえると思います。
      http://www.cvm-alps.ch

2.今回のツアーではドイツ、スイス、フランス、イタリアを通りました。それぞれ通貨が違いますが 来年からユーロに統合されますので便利になります。既に価格表示はフランとユーロの両建てになっていました。 強制的に交換されますのでヤミ金を持っている人は頭が痛いとか。

3.村のホテルには3軒泊まりました。廊下や階段は客が点灯しますが、ある時間で自動消灯されます。 フランス風合理的ケチでしょうが、地球環境から考えればたいへんよいことです。

4.パンがどこでも美味しい。朝食がコンチネンタル風でパンと飲み物だけですがパンとバターで充分でした。

5.レストランの1皿の料理は日本人には多すぎます。今度のツアーでは5人で4皿、 これを適当に分けて充分でした。親しい人同士ならこの方法をお奨めします。

6.何処でもビールを飲みました。山小屋では缶ビールを買うと必ずコップと一緒に出します。
村のレストランで瓶ビールを飲んだら容量が250ccでした。ジョッキも1/4リットルの線が入っています。 フランスでは250ccが標準? スイスでもグラスワインを注文すると白線目盛のガラスコップで出されました。 容量が100ccだったか150ccだったか忘れましたが、案内書によればスイス人のケチの現れと書いてありました。 日本だったらビアホールのジョッキに応用して欲しい時がありますね。

7.針峰という言葉を断りなしに使っていますが、文字通り針のように尖った山が連なっております。 岩盤が固いのでしょうか。それと日本の山と違って登山道は岩か石、砂礫で、土を踏むことは殆どありません。

8.今度の旅行でつくづくと感じたのはスキー場の規模と数です。 私はスキーをやりませんがスキーをされる人が見たら羨ましいと思うでしょう。 冬季オリンピックには勝てないのは当たり前と感じました。

9.最後にマナー、山小屋では入口脇の外にストックを置きます。大勢の人が泊まっても間違うことはないそうです。 グラシェブラン小屋ではザックの置き場が廊下と玄関部屋でした。

(終わり)