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大山街道2016版
 2016.10.5.(掲載:10.8)

宮前・高津両区共催の第4回大山街道に参加しました。出発点は東急田園都市線 鷺沼駅 東急ストア「フレルさぎ沼」裏の三角形の広場です。 建物と2本の道路に囲まれながら樹木が茂り、街の喧噪から離れた広場です。
このページはガイドを務められた歴史文化調査委員会の中平さんのお話と、主催者から渡された注釈つき地図を元に編集しました。地図は分かりやすいのですが著作権の関係で掲載しません。


 小谷の大谷  大山街道を西に進み、直ぐ右の下り道を降りたところに改築中の大きな屋敷があり、庭に出羽三山信仰の碑がある。大山の雨乞いに失敗すると、出羽三山に雨乞いしたという。 石仏は? 台座に「供養塔」の文字。
「小台の大谷」という大きな谷戸で百姓は水温が低く稲作より大根、ネギなどの野菜を作っていた。頭のいいのが秋から筍を見つけて正月に掘って大儲けしたとも言う。

 高山  坂を戻って大山街道を少し行くと馬絹(マギヌ)村の最高点で四等三角点が屋敷内にあり垣根の間から僅かに見える。標高74.6mで昭和20年頃は横浜港まで見えたが現在は高い建物に阻まれ見えない。

 庚申塔、地神 
小台東公園を過ぎ、小さな谷戸跡を湾曲して曲がった処に小さな建物に左右に分割された部屋に2体の石像がある。左は邪鬼を踏まえた像で三猿が下部にあり庚申塔。 右の像が地神か? 水と花が供えられ大切にされているようだ。
この辺りは馬絹村の中心で江戸時代、大山詣での6/27-7/17には村の人口に匹敵する200人程が毎日通るので村人は一家総出で、戸板にぼた餅、駄菓子を並べて売り、年間の現金収入を稼いだという。

 天台宗 泉福寺 
銀杏の巨木が遠くから眺められます。境内に入って銀杏の木を見ると枝を切られた太い幹と頭部分の枝葉だけの格好の悪い姿です。明るい境内には馬頭観音、花供養塔、新しい六地蔵など 盛り沢山のお寺です。

泉福寺から少し戻り北に向かいます。水面が地面より数メートル低く、川幅は1mほどの矢上川に出て川沿いに下ります。ガイドによれば 昔は更に数メートル深く、蛇行しておりよく溢水したそうです。左岸の丘の裾が曲がりが昔の川筋だったそうです。宮前地区会館について昼食休憩。
午後出発前に宮前区長 野本さんが参加されることになりました。

 馬絹神社  広い道を横切り、国道246に下を抜け、くねくねと曲がったところが馬絹神社の下、ここから文化財課の栗田さんが説明されます。
51段の階段を登ると神社境内。 建立は元禄以前、明治四十三年四つの神社を合祀し、昭和61年に総檜本殿が完成した。

 馬絹古墳  馬絹神社左から登った場所にある。7世紀後半の築造と推定される。円形古墳と見られていたが隣接するマンション工事、周辺の道路工事などから単純円形古墳でない可能性が出てきた。 ここで学芸員の栗田さんとお別れ。

 梶ヶ谷神明社上古墳  梶ヶ谷神明社の裏を廻った道の左高台にあるが、道から見上げるだけで通過。弥生時代の集落跡。

 法貝塚古墳  JAセレサの駐車場横の小高い小山、7世紀の築造と推定。頂上には何故か卒塔婆がある。

 笹の原子育て地蔵  下写真:台石に左から板東、西国、秩父と3行、その下に供養塔と彫られている。
右は川崎歴史ガイドの標識。

 庚申塔  右下写真:道標を兼ねた庚申塔。笹原地蔵までのどこかで撮った写真だが場所は失念した。

 ねもじり坂  右写真が川崎歴史ガイドの標識。子育地蔵の先から下りの急坂、江戸へ野菜を運んだ荷車が帰途人糞を持ち帰る時上り坂で難渋した。
ここを過ぎると高津区役所、玄関前で解散。歴史文化調査委員の中平さん、文化財課の栗田さん、区長と区役所の方々にはお世話になりました。いいウォーキングでした。
(終わり)