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長尾  喜津根坂から上作南原まで
 2016.2.19.(掲載:2.20)

前回同様「宮前区歴史ガイドまちあるき」の「長尾」を参考に歩きました。 県立東高根森林公園は散歩道の一つですが、手前に喜津根坂があります。初めて歩いたとき、交差点の標識を見て狐の当て字だろうと思ってましたが、 ネットで調べると昔は狐が農家を荒らしていたそうです。
ガイドブックの地図にとれば坂の途中に「下原遺跡」と書かれてます。見当をつけて探しましたが見あたりません。地元の方に尋ねても分かりません。 もう一つ「長尾鯉坂遺跡」がありますが、こちらはパスして東高根森林公園に北口から入りました。

 神木観音堂 
園を縦断し、駐車場脇から神木(シボク)観音堂に行きます。崖の下に建ち下は車庫、上が本堂です。割合新しい感じの建物です。 急傾斜ですから昔の建物はどのような姿かと気になります。その上の崖は森林公園につながってます。

 庚申塔 
市道野川柿生線を渡り、長尾団地を抜けて平瀬川を渡りた川沿いに道に直交します。川沿いの道を左に行くと、橋のたもとで右に折れ登る道あります。 この道は川沿いの道と平行したます。間もなく木の茂みを背景にやや傾いた庚申塔があります。 石碑の左右には「安永八己亥(つちのとい)年」「四月吉日 三人の氏名」が刻まれてます。この年は今から237年前、第119代天皇・光格天皇が即位、松前藩がロシアの通商要求を拒否してます。その5年前は 杉田玄白らが『解体新書』を刊行するなど幕末に向かう時代です。

 千手堂 
西に進むと左側がやや高くなり左に曲がる道に当たります。この左道に千手堂は民家と隣接して建ってます。堂は新しく、よく手入れされております。 堂横に墓地で使う用具があり、道を挟んで堂の正面は墓地でした。

 天満宮 

千手堂から戻って更に西に進むと左手に傾斜の急な石段が見えます。石段の先に鳥居があり天満宮と読めます。 階段を上がるとやや広い境内の奥に天満宮のやや小さな社があります。社の右斜め前に大きく立派な社務所があります。境内の東側下は主要地方道路母口宿河原線で、 多分道路拡幅工事の時に社務所や境内周囲の造作も行ったと思われます。

 庚申塔(道標)
天満宮を出て母口宿河原線を南東に真っ直ぐ進むと上作南原のバス停に着きます。その先を左斜めに折れ戻る道を行くと四差路の右手前に庚申塔があります。中小3体の石仏と 大きな道標がまとまってあります。道標を読みますと向かって右側は2行に「文化十二?亥年十一月吉日/北ふちう道」、手前は「西王せんじ道」と何とか読めます。亥の前は乙と推定 されます。この年は今から201年前、高田屋 嘉兵衛が捕虜交換の形で戻ります。町人文化が発展し後の文政年間に続きます。
地図によればこの近くに「十三坊塚」がありますが探しても見つかりませんでした。地名も十三本原(十三本塚)です。ネットで調べますと、十三坊塚に類する地名は各地にあります。
この辺りの丘陵地帯は縄文時代の遺跡があり、この日見た庚申塔は200年−230年前、ごく最近の歴史ですね。
(終わり)
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