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第3回 大山街道がつなぐ宮前・高津ウォーキング−1
No.1  2015.10. 7.(掲載:10.19)

午前中は二子新地駅から高津区役所まで。

集合場所の二子新地駅に55分早くついたら既に区役所職員と「高津シルバーガイドの会」のガイドが数人待っていました。登録すると資料が入った袋と缶バッチが渡されす。 区役所職員の話では缶バッチの色は毎年変えておりで今回は黄色と紫で組み分けをします。絵柄は身丈より長い木刀を大山神社に奉納する行事を表してます。 資料には今日歩く地区の案内地図など関連する資料が多数ありました。

岡本かのの文学碑
  改札口の邪魔にならないように、集合時刻の15分まえに、これまで集まった参加者を二子神社に移動、途中に「旧大山街道二子の渡し場入り口」の道標があります。 神社境内横に岡本太郎制作の岡本かの子の文学碑があります。 多摩川の右岸を走る246号が正面で、螺旋階段を半周して登ると台座に「この誇りを岡本一平とかの子に捧ぐ 太郎」という銘板があります。 神社の横が昔の三業地(料理屋、待合、芸妓置屋)でガイドの会会長さんによれば料理屋が1軒だけ残っているそうです。 「二子三業組合」鋳込まれた街灯柱が今も使われてます。
大山街道を少し歩くとかの子の実家跡があり、道向かいの「光明寺」に帝大在学中から文学活動をしてた兄「大貫雪之助之墓」があります。 高津図書館前の緑地に国木田独歩の文学碑があります。ガイド会会長さんのお話で、この碑も含め多くの碑が元の場所から移されていることを知りました。

江戸時代からの商家
また会長さんのお話によれば旧大山街道が比較的よく残されているのが溝の口です。道両側の街灯には「大山街道」の標識も見られます。
この道に沿って江戸時代からの商店があります。写真は生薬の「灰吹屋」の店と蔵です。呉服商タナカ屋も蔵造り。溝口南公園入り口に「大山小径」があります。 15枚の絵タイルで赤坂御門から大山まで表してます。

府中道との交差点
 大山街道は川崎宿と中山道八王子宿を結ぶ府中道と交差します。 写真は交差点に建てられていた道路標識で「大山街道ふるさと館」前に置かれてます。
この面は
  西 大山道   文政十二年***
 と彫られてます。(*=読めず)

二ヶ領用水との交差点
見たことがあるような橋で大石橋、今年の春桜の頃に円筒分水を見に来て、一つの流れを下った時見た橋と気づきました。
溝口神社境内の手水舎は4体の石像で支えられてます。石像の顔は様々で写真の顔は笑ってます。
宗隆寺には浜田庄司さんの墓があるがいたずらされるので今は見られない。碑があり、
   昨日在庵 
   今日不在 
   明日他行
     浜田庄司
と書かれてます。
この先の片町庚申塔を見て高津区役所会議室で昼食休憩。
午後からは溝口から神奈川湊までの神奈川道を新作八幡宮まで。

薬医門
医師岡家の元敷地の一部が公園になっており、門が残されてます。乗馬したまま通れるように門は高い、また夜間の急患にそなえ、潜戸は施錠されていなかったといわれます。 蔵もあるが漆喰を雨から守るため外周は板張りになっており、火災の時は簡単に外せるようになっているそうです。会長さんのお話。
馬坂庚申塔、演習場の境界を示す元陸軍軍標を見て久本横穴墓群跡へ、崖に4基ほどの横穴墓がありますが崖崩れを防ぐためコンクリートで覆ってます。 久本神社は道路拡張で敷地を売って立派な社殿が造られたと、たまたまいた神社関係者が話されてました。
大連寺では本堂を開けてくださって本尊と天井絵を見ることができました。会長さんのおかげ? 天井絵は写真をデジタル修正して作成。

高札場跡
塀で一郭を区切り庚申塔と馬頭観音像があります。この地域では庚申塔などが手厚く保護されてます。 庚申塔2基が1つ屋に収まっていますが1体は足を修理。

新作八幡宮
登りは99段、下りは158段の石段です。岡の上にありスカイツリーまで見えます。神社関係者からお茶とミカン、ゆで卵の接待を受けました。

見所が多く記憶が曖昧な所もあり、この記録から外したところもあります。古い地図から旧道を調べたりする関係者の苦労、石碑などから故事来歴を調べられるのに頭が下がります。
(終わり)